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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)146号 判決 1998年4月22日

原告

犬塚安夫

ほか二名

被告

米倉信幸

ほか一名

主文

一  被告両名は、各自、原告犬塚幸子に対し、金三一六三円及び内金二八六三円に対する平成八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告犬塚安夫及び原告有限会社川初の被告両名に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告両名は、各自、原告犬塚安夫に対し、金一二六万五一〇〇円及び内金一〇六万五一〇〇円に対する平成八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告両名は、各自、原告犬塚幸子に対し、金一二九万九五〇〇円及び内金一〇九万九五〇〇円に対する平成八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告両名は、各自、原告有限会社川初に対し、金三五一万九九六三円及び内金二九一万九九六三円に対する平成八年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告安夫及び原告幸子(以下「原告夫婦」という。)と被告米倉との間の交通事故による原告らの損害について、原告らが、被告両名に対し、民法七〇九条(被告会社については更に同法四四条)又は自動車損害賠償保障法三条に基づいて、その損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

平成八年三月二一日午前一〇時〇五分ころ、名古屋市南区平子一丁目四番一〇号先道路上において、同所付近道路(弦月宝生線)を北方(瑞穂区弥富通方面)から南方(鯛取通方面)に向かって走行していた被告米倉運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が対向車線に進出し、折から南方(鯛取通方面)から北方(瑞穂区弥富通方面)に向かって走行していた、原告安夫が運転し原告幸子が同乗していた普通乗用自動車(以下「原告車」という。)に、衝突した。

2  被告両名の責任

被告米倉は、被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで走行していたところ、眠気を催して前方注視が困難な状態になったのであるから、直ちに運転を中止すべき注意義務があったのに、それを怠って被告車を走行させた者である。

被告会社は、被告車を自己のために運行の用に供する者である。また、被告米倉は、本件事故の際、被告会社の代表取締役の職務として被告車を運転していた。

3  原告安夫の受傷と受けた治療

原告安夫は、本件事故により、胸骨骨折、第一二腰椎圧迫骨折、全身打撲、内臓損傷の疑いの傷害を負い、以下のとおり治療を受けた。

(一) 平成八年三月二一日から同月二八日まで

石川病院 入院八日間

(二) 同日から同年四月二二日まで

第一なるみ病院 入院二六日間

(三) 同月二三日から同年一〇月一八日まで

第一なるみ病院 通院(実日数一二日)

4  原告幸子の受傷と受けた治療

原告幸子は、本件事故により、胸部・腹部打撲挫傷、外傷性ショック、呼吸困難、内臓損傷の疑い、第五胸椎圧迫骨折の傷害を負い、以下のとおり治療を受けた。

(一) 平成八年三月二一日から同月二八日まで

石川病院 入院八日間

(二) 同日から同年四月二二日まで

第一なるみ病院 入院二六日間

(三) 同月二三日から同年一一月一日まで

第一なるみ病院 通院(実日数一三日)

5  既払額

被告両名から、原告安夫に対しては一五〇万円、原告幸子に対しては七四万〇〇三七円がそれぞれ支払われた。また、原告安夫及び原告幸子の治療費についてはいずれも支払済みである。

二  争点

原告らの損害額

第三争点に対する判断

一  原告安夫の損害について

1  入院雑費

原告安夫は一日あたり一五〇〇円の三三日分として合計四万九五〇〇円を請求するが、一日あたり一三〇〇円とするのが相当であり、四万二九〇〇円が同原告の損害と認められる。

2  通院雑費

原告安夫は、第一なるみ病院への通院二回分の往復のタクシー代に要した二六〇〇円を請求するが、同原告について同病院への往復にタクシーの使用を必要としたと認めるに足りる証拠はなく、その余の点について判断するまでもなく、通院雑費の請求には理由がない。

3  目覚まし時計代

(一) 原告安夫は、原告車中に置いてあった目覚まし時計代として三〇〇〇円を請求する。

(二) しかしながら、証拠(乙一号証)によれば、原告安夫と被告米倉との間で、本件事故による原告安夫の車両の損害について、原告安夫が原告車を新車に買い替えることとし、その際被告米倉が同人の契約する任意保険による支払いとは別に五〇万円を支払う旨の示談が成立した事実が認められる。

また、証拠(原告犬塚安夫本人)によれば、右目覚まし時計は平成六年ころ三〇〇〇円で購入し、その後原告車の中に置かれるなどして使用されてきたものである事実が認められる。

右各事実によると、右目覚まし時計の本件事故当時の時価は相当に小さいものであり、右示談は原告安夫が本件事故によって被った物的損害についてすべて解決する趣旨であったと推認することができる。

したがって、原告安夫の目覚まし時計代の請求には理由がない。

4  慰謝料

原告安夫は、一〇一万円を請求するが、前記入通院の状況、本件事故の態様等、本件に関する一切の事情を考慮すると、七〇万円が相当である。

5  以上によれば、本件事故による原告安夫の損害は合計七四万二九〇〇円であり、前記争いのない既払金一五〇万円を損益相殺すると右損害はすべててん補されていることになるから、原告安夫の本訴請求については理由がない(なお、原告が安夫が本件事故後入通院していた期間中についても原告会社から報酬の支払いを受けていた事実については、証拠(原告犬塚安夫本人)及び弁論の全趣旨により明らかであり、同原告に休業損害は認められない。)。

原告安夫は、本件訴訟追行のための弁護士費用として二〇万円を請求するが、右によれば理由がない。

二  原告幸子の損害について

1  入院雑費

原告幸子は一日あたり一五〇〇円の三三日分として合計四万九五〇〇円を請求するが、一日あたり一三〇〇円とするのが相当であり、四万二九〇〇円が同原告の損害と認められる。

2  慰謝料

原告幸子は、一〇五万円を請求するが、前記入通院の状況、本件事故の態様等、本件に関する一切の事情を考慮すると、七〇万円が相当である。

3  以上によれば、本件事故による原告幸子の損害は合計七四万二九〇〇円であり、前記争いのない既払金七四万〇〇三七円を損益相殺すると、二八六三円となる(なお、原告幸子が本件事故後入通院していた期間中についても原告会社から給与の支払いを受けていた事実については、証拠(原告犬塚安夫本人)及び弁論の全趣旨により明らかであり、原告幸子に休業損害は認められない。)。

原告幸子は、本件訴訟追行のための弁護士費用として二〇万円を請求するが、右によれば三〇〇円を相当な損害と認めることができる。

原告幸子の仮執行宣言の申立てについては、必要がないものと認めこれを却下する。

三  原告会社の損害について

1(一)  原告会社は、以下のとおり、本件事故による損害として合計二九一万九九六三円を請求する。

(1) 原告会社は、「川初」の名称(屋号は「八百兼」)で、原告安夫が事業主として経営していた八百屋が、昭和六〇年四月に法人化して設立された会社であり、資本金一〇〇万円のうち七〇万円を原告安夫が出資し、平成三年一一月に資本金が三〇〇万円に増資された際にも原告安夫は二二〇万円を出資しており、一貫して原告安夫が代表取締役を務めているのであるから、原告安夫と原告会社とは経済的に一体であるということができる。

(2) 原告会社は、石川橋食品市場店及びクック瑞穂店の二店を経営しているところ、クック瑞穂店については、原告夫婦のほかには、一日三時間半しか勤務しないパートタイマーが一人勤務するのみである。そして、原告安夫は、原告会社全体の資金繰りや人事など経営の枢要部分のほか、商品の仕入れ、仕分け、小売値の設定、販売を担当し、原告幸子は、仕分け販売を担当していたのであり、原告会社にとってはいずれも余人をもって代えることができない不可欠の存在であった。

(3) そのため、本件事故による原告夫婦の受傷のため、原告会社は、平成八年三月二三日から同年七月一〇日までの一一〇日間、クック瑞穂店を閉店して休業せざるを得なくなった。そして、長期間にわたる休業の結果、同月一一日の営業再開後も客離れは回復せず、少なくとも同年九月末日まで売上減少が継続した。

(4) 右休業及び売上減少の期間に対応する平成七年の同一期間の売上実績に対応する売上減少金額は少なくとも一八四六万円であり、原告会社の粗利益率は少なくとも二八パーセントであるから、原告会社の休業損害は少なくとも五一六万円である。

(5) 右五一六万円から、原告夫婦が受け取った前記既払金合計二二四万〇〇三七円を控除すると二九一万九九六三円となる。

(二)  また、原告会社は、仮に右(一)(4)の損害が認められない場合には、以下のとおり、合計三八〇万三九九六円が本件事故による損害であると主張する。

(1) クック瑞穂店の閉店期間中の固定経費は九五万九八五七円である。また、原告会社が、右期間中原告幸子に対して支払った給料の額は五〇万二九五〇円であるが、これは被告のためにした事務管理にあたるから被告が負担すべきである。さらに、同期間中の減価償却費は、五〇万七八五六円である。

以上によれば、右期間中の営業経費は合計一九七万〇六六三円である。

(2) また、原告会社は、右期間中に原告安夫に対して役員報酬として合計一八三万三三三三円を支払っているが、右はすべて同原告の労務提供の対価であり、被告のためにした事務管理にあたるから被告が負担すべきである。

2(一)  証拠(甲一三号証の一、二、一四号証、一五号証、一六号証の一から七まで、一七号証の一から四まで、一八号証の一から三まで、一九号証の一から六まで、二〇号証の一、二、二一号証の一、二、二二号証の一、二、二三号証の一、二、二四号証の一、二、二五号証の一から四まで、二六号証の一から四まで、二七号証の一から五まで、二八号証、三三号証の一、二、三四号証の一から四まで、三五号証の一から四まで、三六号証の一から四まで、三七号証の一から四まで、三八号証の一から四まで、三九号証、四一号証、原告犬塚安夫本人、同犬塚幸子本人)の中には、原告会社の主張に沿う部分もないではない。

(二)  しかしながら、証拠(甲二七号証の一から五まで、三三号証の一、二、三四号証の一から四まで、三五号証の一から四まで、三六号証の一から四まで、三七号証の一から四まで、三八号証の一から四まで、三九号証、四一号証、原告犬塚安夫本人、同犬塚幸子本人)によれば、以下の事実が認められる。

原告会社は、原告安夫の叔父にあたる訴外目方初義が昭和四三年ころから「川初」の名前(屋号は「八百兼」)で営業していた青果小売店を昭和五五年に引き継いだ原告安夫が、昭和六〇年四月に設立した有限会社である。

原告会社の設立にあたっては、資本金一〇〇万円のうち、七〇万円を原告安夫が出資し、残る三〇万円については、川初の古くからの従業員である訴外都築國夫(以下「都築」という。)が出資した。設立に際し、原告安夫と都築の二名が原告会社の取締役となり、原告安夫は代表取締役となった。

原告会社は、平成三年に資本金を三〇〇万円に増資したが、増資にあたり、原告安夫は一五〇万円を、都築は五〇万円をそれぞれ負担した。原告会社の役員については設立以来変更はない。

原告会社は、青果物の販売業、加工食品、健康食品、栄養食品、自然食品の販売業等を目的としており、設立当初は石川橋食品市場店のみを経営していたが、平成三年一一月ころにクック瑞穂店を開店した。石川橋食品市場店では野菜のみを販売しているのに対し、クック瑞穂店では野菜のほか果物を販売しているが、本件事故当時の売上は、石川橋食品市場店三に対し、クック瑞穂店二の割合であった。石川橋食品市場店は都築の外に正従業員一名、パートタイマー四名が勤務しているのに対し、クック瑞穂店には原告夫婦の外にパートタイマー一名が勤務している。

原告会社の商品の仕入れについては、原告安夫と都築の二名が担当しているが、石川橋食品市場店については仕入れの外小売値の設定等ほとんどすべての業務を都築が管理しており、クック瑞穂店が閉店して休業していた間も、同店については本件事故前と変わることなく営業を続けることが可能であった。

原告会社の売上利益は、第八期(平成四年五月一日から平成五年四月三〇日まで)は三六五八万五三〇六円、第九期(平成五年五月一日から平成六年四月三〇日まで)は三六四九万六七一五円、第一〇期(平成六年五月一日から平成七年四月三〇日まで)は三九二七万〇三一二円であり、クック瑞穂店の休業期間を含む第一一期(平成七年五月一日から平成八年四月三〇日まで)は三七一六万一〇七二円、同第一二期(平成八年五月一日から平成九年四月三〇日まで)は三七六五万八一八三円である。

(三)  右に認定した事実に照らすと、結局、前記(一)の各証拠から、原告会社が法人とは名ばかりのいわゆる個人会社であり、原告安夫(あるいは原告夫婦)と原告会社とが経済的に一体であって、原告会社にとって原告安夫(あるいは原告夫婦)が余人をもって代えることができない不可欠な存在であるとまで推認することはできず、ほかにこれを推認するに足りる証拠もない。

したがって、原告会社の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

原告会社は、本件訴訟追行のための弁護士費用として六〇万円を請求するが、右によれば理由がない。

(裁判官 榊原信次)

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